エバコナ校長 マクリーンえり子がニュージーランドの国の特徴について話しています。是非、ご覧ください。
日本から戻りました
先週末、梅雨入り寸前の日本からニュージーランドに戻りました。滞在中の日本の気温はすでに上昇気味で、どの車中でも弱冷房がきいていました。
私は今回も東京、大阪、名古屋を中心に何人かの皆様とお会いして教育相談をお受けしました。皆さんニュージーランドでどんな教育がなされているのか興味津々で、私はそれぞれのケースに耳を傾けながらニュージーランドの学校にはどんな教育チャンスがあるかなどをお話をしました。続きを読む
皆さん自分の子供をどんな子に育てたいですか?
みなさんこんにちは、エバコナのカースです。皆さん夏休みはいかがお過ごしでしょうか?
さて、先日私は日本のニュースサイトの社会コラムで日本の「引きこもり」に悩み苦しむ人が全国でおよそ100万人もいると書かれていたのを読んでビックリしました。その記事には1990年代から注目され始めた引きこもりの問題ですが、今では10代から40-50代の人までの人を含む年齢層の幅も広い社会問題になっていると書かれていました。この記事を読んでいて、やはり心が痛んだのは引きこもっている本人もそうですが、それを見守るご家族の気持ちを考えた時でした。どの親も自分の子供には「幸せな人生を生きて欲しい」と願い育てるものですが、現実には親がいくら頑張っても子供の人生を「幸せ」にしてあげる事はできませんよね(それは子供自身が決める事ですね)、また子供を人生の様々な災難や困難から完全に守ってあげたいと切に願いますが、それもできません。その記事では「引きこもり」になってしまった人達の原因は学校や職場での「いじめ」、家庭において十分な愛情やコミュニケーションが得られなかった、発達障害やパーソナリティ障害等、様々な理由があると書かれていました。続きを読む
テームズ建町150周年記念祭
8月1日はテームズの建町150周年でした。
テームズは、1867年8月1日の調停式から金採掘りが発足し、町として栄えてきました。現在は金鉱堀はされていませんが、このたび町開きから150年の歴史を記念して盛大なお祭りが行われました。Evakonaもテームズ市から招待を受けたので、参加してきました。
その日、町の中心を縦断するポーレン・ストリートには150年前のヨーロッパ移民の
衣装を着た町民や子供たちで溢れました。そしてお昼すぎの12時半になると、6台のバグパイプと太鼓の演奏を先頭に、当時の町の総督夫妻に扮したロングドレスの貴婦人と総督に続き町の人々がそれぞれの衣装で町の公民館まで行進をしました。私もテームズ高校の留学生たちと一緒に行進に参加しました。続きを読む
ニュージーランドの古都探訪~パイヒア
先週、久々に休暇をとって夫と共に愛犬ベンジーを連れて北島の上の方にある、パイヒア(Paihia)というところに行ってきました。
パイヒアは海辺に面した夏の人気リゾート地ですが、対岸にはニュージーランド最初の首都だったラッセル(Russel)という小さな町があり、また1840年 に先住民族マオリ族とイギリス王権の間で結んだワイタンギ条約の地Waitangiからも車で5分という、まさにニュージーランドの歴史の発祥地です。
イギリス人が移住してくるまでは、この辺りには日本の屋久杉のようなカウリの大木が密生していたそうですが、イギリスからの入植者たちはそのカウリの大木からとった材木でコロニアル・ハウスを建てて住んだので、この辺りには入植当時のからの古いコロニアル・ハウスがあちこちに残っています。特に海岸に沿ったラッセルの町は昔の面影がそっくりそのまま残っており、海に面した一角にはコロニアル・ハウスが立ち並び、ニュージーランドで一番古い英国国教会の教会堂やパブやホテルなども残っていて、まさにニュージーランドの古都の代表です。
20年前に私の夫はそのうちの1件の再建に関わったので、私たちはその家を再訪しました。海に面した白塗りのそのコロニアル・ハウスは初期の政府高官の家だったようで、小さいながらも当時にしては贅沢を尽くした作りでした。そしてその隣には石造りの2階建ての聖書の印刷所が建っており、当時、革表紙の聖書が一冊一冊丁寧に手作りされていた様子も見学しました。続きを読む
中国新聞 7 NZ離婚事情
いじめより離婚に悩む子どもたち
今回は、4月22日付ニュージーランド・ヘラルド紙に「Stressed children talk to the dead」(悩みを抱えた子どもは死んだ者と話す)という変わった見出しの記事が載っていたので紹介したい。
その記事は「悩みを抱えた子どもたちはしばしば既に亡くなった親族やペットと話すことで彼らの問題に対処している」と始まっている。
8歳から12歳のニュージーランドの子どもを対象に行われた「ストレスを与える問題は何か」という調査研究。質問を受けたある子どもは「ペットは大事な存在だから、死んだらとても悲しい。誰も話す相手がいないときはペットと話すんだ。ペットは返事をしてくれないけれど、話すと心配が消える」と語ったという。
またオークランド大学で国民の健康調査をしているフィオナ・ピエナーさんは「子どもたちにストレスを与える一般的な要因は29あり、そのほとんどは学校と家族生活からきている」と指摘している。続きを読む
中国新聞 6 住みたい国NO5
アメリカ人にとって5番目に住みたい国ニュージーランド
2010年1月13日付けのニュージーランド・ヘラルド紙によるとアメリカの雑誌インターナショナル・リビング(国際生活)の行った「世界の住みたい国指数」でニュージーランドは昨年の9位から4位あがって、今年は5位になったという。
インターナショナル・リビング誌はニュージーランドを地球の反対側の辺境の地としたうえで、「あっと驚く美しさ」でもアメリカから飛行機で12時間もかかるうえ、移民しにくいという「不利」もあると指摘している。
このアメリカの統計は退職者や移民を希望している人に向けて行われたもので、世界の国々の中から生活費、文化、レジャー、経済、環境、自由、医療、社会構造、安全性、危険度、犯罪率などの観点から生活水準の高い順に198位までランキングしている。
今年の調査では海に面したオークランド(ニュージーランド最大の都市)と南アルプスを「清純な風景」-神の聖域と呼び、若い移民が移り住んで家庭家生活を営むのにふさわしいところとしている。また、いい意味でニュージーランドの不動産は値上がり傾向であるとしている。続きを読む
中国新聞 5 キーウイー魂
独創性に富んだキーウィー魂(マクリーンえり子)
キーウィー(ニュージーランド人)は自分でなんでもやる国民(Do it yourself)といわれているが、確かにこの国では自宅の改造から自家用車の修理まで、できることはすべて自分たちでやってしまうのが一般的だ。私の住む人口4000人の町でも自家用飛行機やヨットや家を自分で作ってしまった人を何人か知っている。
そんな国民性なので、これまでもアッと驚くような手作りの記録や発明が成されている。
アンソニー・ホプキンス主演の「世界最速のインディアン」(2005年)という映画をご覧になったことがあるだろうか。自分で改造したオートバイで世界のスピード記録に挑戦したバート・モンロー氏(1899~1978年)というキーウィー・ガイ(ニュージーランド男)の話だ。彼はニュージーランドの南島のインバーカーギルという町に住んでいたが、21歳の時に買った600ccのIndian Scout を生涯改造し続けた。そして63歳になった1962年には850ccに改造した、赤い弾丸型のカバーを付けた愛車で、アメリカ・ユタ州のソルトレイク、ボンネビル・ソルトフラッツ(塩原自動車スピード試験場)でのスピード記録に挑戦し、その時には時速178.971マイル(時速288キロ)という最高スピード記録を出している。そしてその後も彼は愛車の改造をし続け、950ccまでに改造したオートバイで1967年まで記録を更新し続けた。続きを読む
中国新聞 4 世界一平和な国
世界一「平和な国」は景観もトップ級
イギリスの経済誌が世界144カ国・地域を分析し発表した2009年の「世界平和度指数(Global Peace Index)」によると、アイスランドに代わってニュージーランド(前年4位)が「世界一平和な国」に選ばれた。
アイスランドは昨年9月の主要銀行倒産以来、治安が乱れはじめ、国内の犯罪率が悪化した。一方、ニュージーランドは今年も低い犯罪率と殺人率を維持し、国を挙げての人権擁護姿勢や新政府による軍事費の削減などが着目されたという。
現在、ニュージーランド与党である国民党は支持率も上々で、新首相ジョン・キー氏は人望も厚く、党内でも安定した地位を保っているため、新しく掲げる政策をつき進めていく上でも期待されている。
ちなみに2位は同ポイントでデンマークとノルウェー、4位がアイスランド、5位がオーストリア、6位がスウェーデンで、前年5位だった日本は7位だった。続きを読む
中国新聞 3 秋のスピード祭り
夏の名残を惜しむかのように、4月になっても日中はまぶしいほどの快晴の日が続いていますが、さすがに朝晩の訪れは早くなりました。そしてついに4月の第1日曜日の朝、6カ月続いたデーライト・セービング(夏時間)が終わり、ニュージーランド全土の時計がきっちり1時間戻されました。これからの半年間は日本との時差は3時間となります。(10月から3月までの夏の間は4時間、日本より早い)
そのデーライト・セービングが終わった週末、私の住むフィティアンガの町では今年初めての大規模な空、海、陸のスピード祭りが催されました。現在、地元で大々的に行われている人工運河の造成とその分譲、そしてフィティアンガの町の未来都市計画を手掛けている開発業者が出資して行いました。町の商店主や陸、海、空の地元クラブの協力を得て、美しい海岸と条件の良い滑走路を持つフィティアンガ空港、車のレース場を使っての大祭典となりました。
その週末、フィティアンガ空港の滑走路にはニュージーランド空軍のアクロバット機と飛行チーム、ロシアの戦闘機とそのアクロバット飛行チーム、16人乗りの水陸両用機、大型レスキューヘリコプター、その他たくさんの小型飛行機が北島のあちこちから集まり、町の海岸には各種のスピードボート、ピカピカに磨かれたクラシックカーなどが勢ぞろいしました。続きを読む